自己決定を支える背景

谷口文章(甲南大学)

 

 医療の分野において「自己決定」が大切なキー・ワードとなっている。とくに健康のための医療的な自己決定が、医療制度の問題のみならず、個人においても充実した人生を送る上で大きな影響力を持つ。

 健康のための自己決定ができるときは、宗像恒次会長にしたがうと、@自分の真の欲求は何かについて気づき目標をたてるとき、A目標とする行動へ促す動機感情が強く、それを妨げる負荷的な動機感情が弱いとき、B自己効力感があり、自分自身に対する不安・恐れ・パニック・あきらめ・罪悪感が弱いとき、C自己決定を支援してくれるケアを認知できたり、援助され得る規範意識をもっているとき、の四つの条件が整ったときである。

 それらの条件の下で自己決定を支援する方法は、本学会でのワークショップや論文で具体的に学ぶこととし、ここではこのような条件が成立する"自己決定の背景"を少し考えてみたい。

 自己決定の典型的な場面として、まず医療的な「インフォームド・コンセント」がある。患者中心の医療を考える場合、現在では当然の手続きであはあるが、現場ではやっかいな問題でもある。それを少しでも軽減する意味で、健康のための自己決定を支援する背景を探ってみよう。

 自己決定に関して、インフォームド・コンセントとQOLを例にして考えてみよう。

 インフォームド・コンセントの概念は、協議のインフォームド・コンセント(informed consent)、インフォームド・リフューザル(informed refusal)、インフォームド・リクエスト(informed request)、そしてインフォームド・チョイス(informed choice)などに分けられよう。基本的にインフォームド・コンセントは、治療者側から情報の開示として治療に関する「説明」をする、その上で患者はその情報と治療の有効性を「理解」し、自ら決定する自発性と治療の権限委譲の「同意」を行うことを意味する。いうまでもなく、その場合、現実には、治療予後のQOLが指標となる。

 ところでQOL(Quality of Life)の概念も、曖昧に使用される傾向があるが、Lifeの語義に注目すれば、「生命」、「生活」、「人生」の意味ないしレベルに分けられる。

 このようなことから、自己決定のためのインフォームド・コンセントが背景として「生命」のレベルなのか、「生活」のレベルなのか、「人生」のレベルなのかによって同意レベルが異なってくるし、それに応じて自律的な判断の内容や医療関係者のケアの仕方も違ってくる。

 QOLが「生命」のレベルの場合、自己決定は医学的説明→理解→同意のプロセスにおいてなされよう。またそれが「生活」のレベルの場合、自己決定は予後の生活水準についての説明→理解→同意のプロセスにおいて行われる。しかしながら、もっとも大切なことは、人が生きる上での「人生」のレベルである。人生のレベルの場合は、自ら充実した人生を過し完了しようとするために、インフォームド・コンセントの概念は揺らぎを伴った複雑なものとなる。つまり、インフォームド・リフューザルおよびインフォームド・リクエストも含みつつ、インフォームド・チョイスが行われよう。

 医療的なインフォームド・コンセントの背景には、「生命」の場合、生活習慣病に代表されるように日常生活の生き方が問題であったし、「生活」の場合、予後のケア支援が問題となるが、「人生」の場合、両者合わせてその人の生き方自体が医療や自己決定の根本問題として集約される。ターミナル医療の自己決定の場合、人生の質そのものと密接に関係している。自分の最後の生き方に関して真剣なインフォームド・チョイス(同意選択)がなされるからである。

 次に、自己決定を大きくとってみよう。そうすると従来の医学が西洋医学に偏っていたことが見えてくる。そのとき自己決定は、個人の生き方のみならず、多元的な医療体系の中から自ら治療を受ける一つの医療体系を選択することでもある。つまり、自らの治療に関して西洋医学を選択する(choice)のがよいのか、代替・相補医療を選択するのがよいのか、自己決定することになる。自己決定を支える背景は現在では、医療を巡って、その地平を広いものにしている。

 さらに、人生をより広やかに考えて自己決定していく場合、その背景として人生における「健やかさとは何なのか」をも配慮することが大切である。WHOの「健康の定義」にスピリチュアリティー(spirituality)も考慮する必要性が謳われているが、それは人間存在の根本を見据えたものといえる。何のために生きているのか、生とはそして死とは何か、そういう自覚にもとづいた「医の心」がこもった医療行為が要請される。

 こうして医療における患者側の自己決定は、人生、哲学、宗教とも密接に結びついたものであることを理解する。ひるがえって、そのような自己決定を支える側は、医師であれ、看護師であれ、すべての医療に携わるものは、患者の人生観と世界観という背景を理解した上で、支援することが必要であることがわかるのである。

 

日本保健医療行動科学会 年報2001年度「巻頭言」

 


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